雑談記旅行
雑談記
本当はシナリオについて書く所だったのですが……べ、別に変態さんじゃないんだからね!
きのこ。
 1週間の休み明けの今日、
勘を忘れてやしないかと焦りつつ会社に来ますと……
観葉植物にきのこが生えていました。

 ステージ1-1で出てくるアレではなく、
キノコ王国の裏切者でもない、
真っ黄色なキノコでした。

 で、
調べてみますとこいつの可能性が高いです。

 キノコは湿り気を好むらしいので乾燥させておくのが一番かもしれません。

 因みに睡眠時間が3時間を切っていたので非常に眠かったです。

 そこで対抗措置としてを用意しました。

 早速食べてみますと……ミントの塊を食べている気分になります。
 フリスクを20個位一気に頬張った感じです。

 それぐらい強烈で、
特に中央にあるミントの塊は噛むだけで寒気がする位です。

 これで水を飲むとのどが恐ろしい事になります。

 それでも睡魔が抜けなかった自分は大したものですが、
普通の人間なら何かに目覚めるレベルです。

 さて、
高尾山の件ですがゆっくりと道を歩いて行くと杉並木に入りました。

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 結構な巨木です。

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 途中で標語らしきものを見つけました。

 これで悟りの域に達する……でしょうか?

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 高尾山の薬王院の門です。
 荘厳です。

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 中は天狗の国になっているよう……ではなく、
修験道の寺なので天狗です。

 つい最近まで住んでいたらしいですよ。

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 奥宮。

 寺の構成からして御嶽山と似ています。
 やはり修験道が関係しているのでしょうか。

 ここから先に上っていくと薬王院に入ります。

 と言う訳で続きは次の更新以降です。
新型ケース。
 使用しているnexsus7のケースがぼろぼろで閉じられなくなったので、
新しくケースを買ってきました。

 ケース自体は既に旧式なのか値札よりかなり安くなっていました。

 とはいえ、
全体を覆う形状ではない(俗に言うバイブル型です)ので、
只でさえ破損している状況でもっと破損しないか心配です。

 破損が酷くなったらタブレット自体を新しく買い換えます。

 本命と言えるルーターのW04のフィルムとケースがなかったので残念でしたが、
この辺は最終兵器amazonで買ってくるので問題ないです。

 多分。

 さて、
高尾山の件ですが続きとなります。

 ひたすらに山を登って行く形となりますが、
参道ルートは以前書いた通り舗装されている道なので山道を登ると言うより、
郊外の車道を上がっていく気分になります。

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 登って行くと碑が見えてきます。
 山なのに蛸供養とは……ここにある杉の根が蛸に見えるのでそうなっているのだそうです。

 でもやっぱり山に蛸と言うのは似合わない気がします。

 この碑はケーブルカーの駅から歩いてすぐでして、
ここから先は緩やかな道になります。

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 同じく蛸関連の碑が。
 いくらなんでも悪ふざけが過ぎる気がします。

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 薬王院の門の様です。
 あくまでここは入り口です。

 売店が近くにあるのでラムネを買って飲みました。

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 登って行くと分岐があります。

 分岐は階段と坂でして、
怪談はこの通り東京の愛宕神社を彷彿させる物です。

 愛宕に高尾……どこかで聞いた名前です。

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 坂を登るとすぐにこの門がありました。

 先はシベリア拘留で亡くなった方の墓です。

 ここから先も緩い坂が続いて行きます。

 続きは次回以降で。
偶にはぼおっとね。
 休みの2日目という事で、
特に何をするわけでもなく病院に行った程度でした。

 まあ1日ぼおっとしてリセットをかけるというのも有りなので……
次回作のヒントを少し探してみました。

 いくらかまとまりが出てきたので、
後で一気にプロットを書くこととします。

 問題なのはone noteの記録先であるone oriveが5GBまでだそうなので、
実質これで限界となります。

 そこまでデータだけで満杯になることはないでしょうが、
限界があると聞いて不安になってきます。

 やっぱりUSBメモリが至高ですね。
 容量買い切りと読み込みの速さとオフラインでも使えるいう意味で。

 さて、
高尾山に行った時の事についてざっと書いておきます。

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 新宿から高尾山口に向かいました。
 駅を降りると田舎がそこにありました。

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 早速氷川神社に参拝に行きました。

 その後は参道ルートを通り登っていきます。
 参道ルートは頂上に至るまで舗装されている道なので山登りをしている気分にはなりにくいです。

 その分登りやすい……と思いきや実は急な坂が多いので結構大変です。

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 至る所にこういった物が立っています。

 くるくる回すといい事がありそうです。

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 途中の景色。

 途中でも都会が近い事もあり比較的綺麗に映ります。

 実はこの段階で足に慣れず、
さらに汗をかきやすい自分の性質があだとなっており、
水分不足か意識が朦朧としていました。
(タオルが水を吸わなくなるくらいに汗をかいていました)

 高が数百メートルの山で意識が朦朧とするとは思いませんでした。
 少し休んで進んでいきます。

 続きは次回以降で。

墓場訪問。
 3DSが旅立ったので、
時間に僅かな余裕が出来ました。

 この間に少しでもと思い、
PSVitaを……って変わらないですね。

 とりあえずですが通勤途中は読みかけの電子書籍を読んでいます。
 曇天文庫から落としているので古臭いのですが、
読みごたえはあるので十分です。

 ボリュームあり過ぎでしょ……

 今週末はやっとこさ暇が出来ますので、
SIMカードの入っていない新しい端末を探しに行きます。

 とは言ったものの、
何処で売っているのかさっぱりですわ。

 さて、
ここで行田の旅行の最後となります。

 と言うより見どころがない所が所詮田舎です。

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 博物館を抜けると田んぼ……ではなく古墳があります。

 古墳は古代の墓、
無暗に立ち入ると呪われるので要注意です。

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 行田にはこのような古墳が沢山あるのですが、
古墳自体は埼玉はおろか日本各地にいくらでもあります。

 ではなぜ見かけないのか?と言いますと、
開発の折で只の丘とみなされたのと、
比較的質のいい土なので田畑の用土として解体されていった為です。

 幾ら古代で偉大だった人の墓としても、
幾星霜経った現代の人からすれば只の丘です。

 現存している古墳の殆どは天皇の墓(とみなされている)か、
ある程度資料的に価値があるとみなしている物かになります。

 因みに天皇の墓(とみなされている)古墳は立ち入りが出来ません。
 これは宮内庁の管轄になっている為でして、
学術調査が一切できない状態となっています。

 故にその古墳が本当に天皇の墓なのか?と言った議論は一切意味をなさなくなっています。

 まあ、
伝統的にそうなんだって事にして置いてください。

 それ以上は詮索しない、
いいね。

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 どう見ても山にしか見えません。
 土手によく見かける土砂の山です。

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 古墳の上に上れます。
 去年は円墳に上りましたが、
今回は前方後円墳です。

 呪われないですか?

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 上に上るとこういった展示があります。
 鉄剣が発見された古墳です。

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 先は続くよ何処までも。

 前方後円墳は名前の通り、
長方形の部分が上です。

 これは上陸する時は方墳の側からと言う理由からで、
掘りに橋をかけて方墳を昇り、
円墳で埋葬すると言う当時の葬式にのっとっていると言われています。

 一説には、
方墳はあの世とこの世を繋ぐ物と言う意味合いがあるそうです。

 墓一つに浪漫がある様でないようで……

 ここで行田の旅は終わりです。

 次は何処に行こうかな?
壊れました。
 ついに3DSが壊れました。

 ヒンジの部分が破損してしまいました。

 接着剤でつければなんとかなりそうですが、
流石にまずいので給料が入り次第修理に出そうと思っています。

 調べてみますと大体4400円くらいなので、
お金が入り次第見積もりを依頼したいです。

 近場で付属品も売っていないので新しいのを買えよと思うのですが、
最悪万能amzonに頼みます。

 余計な出費が増えますよ。

 さて、
今回は写真が少ないので解説をメインとします。

 さきたま古墳群のアレです。

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 1960年代に古墳群の発掘調査で出てきた鉄拳鉄剣には100文字以上の文字が彫られていました。

 文字が彫られた鉄剣そのものは全国各地で発掘されていますが、
100文字以上というのは前代未聞でして、
解析の結果特定の王に仕えた人間のもので、
先祖代々つかえていた(らしい)武人の一人と分かりました。
(現在では当時の天皇という説が有力です)

 ちなみに先祖代々の名前も書いてあるのですが、
この辺はねつ造の可能性が高いそうです。

 家系図があるわけでもないので。

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 ではこれが何故、
前に書いた100年に一度の発見かといいますと、
一つは前述した膨大な文字の量です。

 文字が多ければ多いほど情報量が多くなるので、
多少つぶれていても情報を取得しやすいのです。

 もう一つは文字に掘った技術でして、
鉄製の剣に文字を掘り、
金を埋め込んでいる事が解析の結果分かりました。

 これにより金を生成して埋め込む技術が当時に存在していた事がわかります。

 また、
文字の内容がカッコ内の通り天皇とした場合、
当時は埼玉=関東まで天皇の勢力下にあった事がわかります。

 ブラックボックスになりがちな古代の中で光を当てたという意味で、
1983年に国宝となりました。

 国宝は大抵国の管理になるので国立博物館に入るのが基本ですが、
この鉄剣は埼玉県が管理しています。

 撮影はできますがフラッシュ撮影は不可、
また剣自体は腐食防止のため窒素ガスの中に入っています。

 とりあえず博物館のものに関してはこの辺で。